太鼓台の起こりがいつであるかはっきりと答えられる資料は、現在のところ確認されておりません。地域の伝承によると、祭礼の時、神輿に供奉する山車の一種で信仰を対象にした神輿渡御の際、その列に参加して厳かに供奉していたものといわれ、起源は平安時代あるいは鎌倉時代まで遡るといわれています。
新居浜地方の太鼓台は、もともと豊年の秋を感謝して氏神に奉納していたものでした。
太鼓台が記録の上で出てくるのは江戸時代後期、文政年間のことです。
幕末から明治時代初期の太鼓台は、現在の子供太鼓台くらいの大きさしかなく、天幕も現在のような膨らみをもちませんでした。
別子銅山の開坑による産業の発展に伴い、地域経済が発達するにつれて、太鼓台は、明治中期以降から急速に大型化し、明治中期から昭和初期の太鼓台は、現在の太鼓台と同じくらいの大きさになり、天幕も膨らみを持ったものを付けていました。飾り幕は少し薄めでしたが、現在のものにかなり近いものになりました。
現在では、瀬戸内海沿岸にある数多い太鼓台の中でも新居浜太鼓台は、その豪華絢爛さ、勇壮華麗な「男祭り」の主役として、全国的にも知られるようになりました。
戻る
[社]新居浜市観光協会
愛媛県新居浜市坂井町2-13-17
0897-32-4028